日本サイマティクス・セラピー研究会

サイマティクス・セラピーは人体の骨や筋肉、臓器が有する固有の周波数を、5つの音の調和音として患部に当て、共鳴・共振させて健康に戻す療法です。

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サイマティクス・セラピーを体験し、その素晴らしさに感動した一人です。新しい時代の代替療法、サイマティクス・セラピーを伝えることで人々の健康な生活に寄与したい…。
そんな思いからブログ管理人に名乗り出ました。サイマティクス・セラピーを実践されている多くのみなさまのアドバイスを受けながら、その情報を発信していきたいと思っています。

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ドキュメンタリー映画「天から見れば」上映会&対談のご案内   2012.10.09


このたびは、「天から見れば」の上映会に、多数の方にお越しいただきまして有難うございました

お陰さまで、満員のお客様を迎えることができました。

映画が終わりに近づく頃、会場のあちこちで涙をぬぐわれる姿があり、皆さまから、「良かった」「感動しました」とのお言葉を頂きました。

上映後に監督の入江冨美子さん、ナレーションを担当された映像作家の岩崎靖子さん、そして元「ホテルアソシア名古屋ターミナル」の総支配人、柴田秋雄さんを迎えて対談をして頂きました。

この対談が本当に素敵でした。
3人の方の素晴らしい人間性とお話しに、会場のすべての人が共鳴し、心が一つになったのではないかと思います。

温かさが共有できる対談はめったにあるものではありません。
そのような対談をお聞き頂けただけでも、足を運んで頂いた甲斐があったのではないかと思います。

この素晴らしい映画は、30人の方に集まって頂ければ、26250円で上映することができます。
自主上映を希望される方は、下記にお申し込みください。

自主上映したい方

ありがとうございました。

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コムニタ活人塾では、感動のドキュメンタリー映画、「天から見れば」を上映します。

この映画の主人公は、大阪に住む両腕の無い画家、南正文さんです。
南さんは小学校3年生の時に、家業の製材所で機械に巻き込まれて両腕を切断します。
人生に希望を失っていた14歳の時、京都の大石順教さんという尼さんに引き合わされます。

大石順教尼は、十七歳の時、養父に日本刀で両腕を切り落とされながら、その養父を怨むことなく、出家して身障者のために生涯を捧げた方です。十九歳の時、カナリヤが雛を育てるのを見て、口に筆をとることに気づき、練習を重ねてついには日展に入選しました。

南正文さんは、順教尼から筆をくわえて絵を描くことを学びますが、何より、両腕のない順教尼が、運命に負けずに力強く生きている姿から、人生に絶望していてはいけないことを学びます。

今回の上映会では、監督の入江冨美子さん、ナレーションを担当された映像作家の岩崎靖子さん、そしてJR名古屋駅前にある「ホテルアソシア名古屋ターミナル」を、「日本一幸せな従業員を作り」、「日本一のホテルになる」と宣言し、赤字から生き返らせた代表取締役総支配人、柴田秋雄さんを交えて対談をして頂きます。
 
感動的な映画と素敵なお話しをお楽しみください。
価値ある上映会です。

天から見れば

日時:平成24年11月3日 開場12:30 上映13:00
場所:ウインク愛知小ホール2
入場券:1500円(前売り)

コムニタ活人塾

お申込み  コムニタ活人塾事務局:田中  携帯電話:070-5443-3913
                    メール :apolokite13@gmail.com


または、日本サイマティクス・セラピー研究会事務局までお申し込みください。
       メール:horiuchi@cyma.co.jp TEL:052-759-5434









天から見れば公式ホームページ

コムニタ活人塾の教え   2012.05.01

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日本サイマティクス・セラピー研究会の顧問、数理物理学者の保江邦夫先生が、「コムニタ活人塾」を設立されました。

スペインのモンセラート修道院の司祭であった、エスタニスラオ・マリア神父は、イエスから日本に行けと命ぜられます。幼少の頃からマリアやイエスを体験していた神父は無条件でその命に従い、長崎の五島列島で隠遁生活を送ります。その後、広島県三原市の山奥に移り、三原の隠遁者様と呼ばれました。

岡山のノートルダム清心女子大学の教授である保江先生は、ある朝、三原の隠遁者様を訪ねることを思い立ちます。噂に聞いただけで、どこに住んでいるかも知らずに出発した保江先生は、天の印に導かれて隠遁者様と会うことになります。この間の不思議ないきさつは、「路傍の奇跡」をご覧ください。

路傍の奇跡―何かの間違いで歩んだ物理と合気の人生路傍の奇跡―何かの間違いで歩んだ物理と合気の人生
(2011/01)
保江 邦夫

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隠遁者様は保江先生に、天国に行く方法を伝授されましたが、そのことをこのたび、「コムニタ活人塾」によってお伝え頂くこととなりました。

天国に行く方法とは何でしょうか。第1回の授業で教えて頂いた内容をご紹介します。
尚、管理人の勝手な解釈が加わっていますことをご了承ください。

(方法1)
例えばスーパーで牛乳を買う時には、日付が古く賞味期限が迫ったものを買う。
雑誌を買う時も、後ろの新しいものでなく、人が触ったものを買う。


この意味はわかりやすいと思います。新しいものを買うことは当たり前のようですが、そこに私たちの自己中心性が現れています。
損と得があれば、損を選ぶこと、自分より人を優先することは、自己中心性を正す行為であり、天国の入り口だと思います。

(方法2)
僕(しもべ)になる。

無条件で僕になることは、自我を捨てなければできません。ある高僧が、人間の欲求の中で、もっとも克服が困難なのは、人から尊敬されたいという欲求だと言っていました。歳を取って性欲、食欲、物欲が影をひそめても、人から尊敬されたい、立派だと思われたいという欲求は小さくなりにくいようです。

それだけに、自分を低くし、僕になることは、困難な修行だと言えます。会社で体育会系が好まれるのは、彼らが無理無体を耐え忍ぶ素直さをもっているからでしょう。ゴミや空き缶を拾うことも僕の修行であり、天国への入り口です。

(方法3)
死ぬ時に、「ただいま」と言って天国に帰る。

この世は仮の世で、私たちは天国からこの世に修行に出てきます。そして肉体が寿命を迎えれば天国に帰りますが、その時、家族や仕事などに心を縛られず、ただいまと言って、さっと帰るようにしなければいけないようです。

しかし、たとえば犯罪者や自己中心的な人生を送った人間が、死ぬ時に「ただいま」と言っただけで、天国に帰れるのかという疑問があります。

親鸞の「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」の意味は、善人だと思っている人は反省をしないが、悪人は自分の罪を知り後悔しているので、善人が往生できるなら悪人はもっと往生できる、という意味です。

しかし、親鸞の時代の日本人は、悪人と言えども良心があったでしょうが、現代の人間は平然として悪を行い、反省などしていないかも知れません。従って、「ただいま」と言って天国に帰れるのは、自分の思いや行いを反省することができる人間だと理解します。

(方法4)
朝、眼が覚めた時に、胸の前で合掌する。

祈る時、世界中の人が胸の前で手を合わせます。これは人間の心が一番穏やかになる形だからです。右手と左手を合わせるのは、陰陽の調和です。
朝、眼が覚めた時は、心が1日の中で一番素直です。この時に手を合わせれば、心は更に調和されます。
天国に帰るためには心が調和されなければならず、1日を調和の姿から始める習慣をつければ、天国の門は近づいてくるでしょう。

今後の授業内容は、コムニタ活人塾で直接お聞きください。
コムニタ活人塾へのお問い合わせ、お申し込みは下記窓口か、日本サイマティクス・セラピー研究会事務局までお願い致します。
ご参加をお待ちしています。

コムニタ活人塾

お申込み  コムニタ活人塾事務局:田中  携帯電話:090-4216-4423
                    メール :apolokite13@gmail.com


または、日本サイマティクス・セラピー研究会事務局までお申し込みください。
       メール:horiuchi@cyma.co.jp TEL:052-759-5434

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